2016年12月21日

「池澤夏樹 個人編集 日本文学全集」第2期完結記念トークイベント「今の言葉で古典!枕草子から平家物語まで」

子どもの頃、自宅には筑摩書房の「現代日本文學体系」が少しずつ書店から届いていた。これがいつの間にか、完結し、全巻揃ったその眺めは、迫力があったものだ。何せ子どもの頃だったので、残念ながら手にした記憶は皆無。ただ、書名となっている作家名を順番に眺めては、この人は、作品の数が多いのかなとか、不思議な名前の人だなとか、ぼおっと思っていた記憶が残っている。今考えると、勇気を出して手を伸ばしてみればよかったと思うのだが、当時、本より興味があったものって何だったのだろう…
そんな私が、初めて自分で全集を買い続けている。それが、河出書房新社の日本文学全集だ。ただし、書き手に主張があるように、読み手のこちらにも好みがあるわけで、全ての巻を揃えているわけではない。現在の悩みは、出版の速度がそれなりに早いので、全ての作品を読めていないということ。このまま積読で終わってしまう本があってはもったいないと、関連のトークイベントなどに参加して、読むための気力を引き上げる努力などもしていたりするのだ。12月に第2期完結し、トークイベントに出かけた。
2部構成のトークイベントは、前半が第7巻の「枕草子・方丈記・徒然草」、後半が第9巻の「平家物語」。

いずれの作品も、冒頭は、高校の古典の時間に暗唱したが、清少納言は、怖いおば様というイメージしかないし、方丈記が、日本最古の自然災害の記録を記したものだったという意識は全くなく、ひぐらし硯に向かいて…などと、優雅に、風流に過ごせる吉田兼好という人は、随分とお気楽なご身分でようございますね、と随筆としてのすばらしさに心が向いていない始末。平家物語に至っては、冒頭は格好良く始まるけれど、けっきょくは軍記ものでしょという理由から、一生懸命に読もうとした記憶さえ無い。

今回、各作品の現代語訳を担当された方々が登壇。それぞれに、その作品の魅力を語ってくださっただけでなく、翻訳時に心を砕いた点も披露され、作品を楽しむ際の、違った目線を教えていただけたと感じている。平安バブル期の華やかさが見られる枕草子。平安期バブルの崩壊を見る方丈記。そして、バブル崩壊後の悟りの時代に記された徒然草、という見解。徒然草は、特に美的人間のためのマニュアル的な本であったのではないか、という当時の読者層まで思いを馳せて訳されているという点など、本と向き合う魅力を多く授かることができた。
平家物語は、6人の作家が加筆し、現代に伝わるものとなっているが、まるで、サンプリングをつなぎ合わせるDJの技術に似た、編者の技術の素晴らしさが感じられたという。
861ページにも及ぶ「平家物語」は、何としても読み通したいと、持ち歩きをする覚悟で久しぶりに書店で書皮までかけていただいた。



posted by みほこ at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとり言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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