2017年01月31日

【観劇記】宝塚舞踊詩『雪華抄(せっかしょう)』トラジェディ・アラベスク『金色(こん じき)の砂漠』

久方ぶりの観劇記。昨年も観劇はしていたのだけれど、慌ただしい毎日の中で、上手く書けそうもなくて、ちょっとおさぼりしておりましたが、今回は、ちょっと頑張ってみます。

演目 宝塚舞踏詩『雪華抄(せっかしょう)』
作・演出/原田 諒
トラジェディ・アラベスク『金色(こんじき)の砂漠』
作・演出/上田 久美子
宝塚歌劇団花組東京大劇場公演 



新年早々宝塚。和物舞踏故に先にレビューで後半がお芝居。ごひいきの花組さん。

雪華抄の東京公演は、特に1月初旬は、観客席もお正月らしく華やかで、福をたくさんいただける作品でした。

計3回観劇しましたが、B席で観劇の際には舞台上の人の動きの美しさを立体的に楽しむことができ、幕開きすぐと最後の場面で、ぞわぞわと鳥肌まで立ちました。1階席で目線の高さに舞台があるのと、鳥瞰するのとではまったく印象がかわる作品だったと思います。
1時間弱の舞台があっという間。見れば見るほど味が出る、そんな舞台でした。

お芝居は、お話の設定は抜群に面白いと思うのだけれど、個人的好みとして、主人公たちが最後に亡くなるという設定はどうしても抵抗があります。こういう結末にしないと話がまとまらない、と言うのも理解は出来るのですが…。フィナーレの中で、主人公の2人があちらの世界では幸せにしているよ、というメッセージは伝わってくるので、良しとしなければならないのかもしれません。

主演の2人が子供時代も演じていて、見かけだけでなく、演じわけで表現する、その力量に感動。専科から特出されていた英真なおきさんは、慈愛あふれる魅力的なお声で、主人公たちとの関係や、主人公ギイのもどかしさや苦しみを理解し包み込む、素敵な存在として演じられていたと思います。笑いを取る役の方々は、やはり演技の達人でおられ、何回見てもおかしさが沸きあがって来ました。

舞台演出的には、「金色の砂漠」の美しさが実に巧みに表現されていて、さすがに80名からの大カンパニーが作り出す演出は、舞台装置や道具だけでなく、人の動きであらゆる状況を表現することを可能にし、衣装の色合いの組み合わせと相まって、砂漠の砂の動きや怖さ、そして、美しさもすうっと意識の中に入って来ました。
演出に関わる方たちの、創造力って果てしなく凄いなといつも思うのですが、今回も、レビューもお芝居もそんなことも楽しみながら観劇となりました。


実は、ちょっと残念だったことがあって、今回は久しぶりに科白で何を言っているのか分からなかったところがいくつかの場面であったのです。たまたま声がかれていたからなのか、声の高さの性なのか、それとも、単に早口すぎるのか。特に何を言っているのかわからなかったのは、早口気味の科白の場面で、わざと台詞回しを早く話すことを演出として求めていたのだとすれば、そんな役には、序列ではなく、きちんと科白が伝わる演技ができ、かつ、聞き取り易い声質の人にそういう役柄を付けてほしいなと切に思ったりしておりました。
ラベル:宝塚 花組
posted by みほこ at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・演劇・音楽・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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