2017年05月14日

本とは、その出会いも楽しみたい

好きな場所 本屋さん。
書店と呼ぶより本屋さん。

本屋さんは、居心地の良い場所であって欲しいのだけれど、これがなかなか難しい。お気に入りのこじんまりとした本屋さんは、生活圏外なので、よっこらしょと出かけるのに少しパワーがいる。気軽に行ける、毎日のように立ち寄れる場所にある本屋は、本を探せるような店内環境ではなく残念な限り。本を選ぶ処は、本を読むことを楽しめるような場所でもあって欲しいと願うのはぜいたくなことなのだろうか。

何故、全てが定型版?
文庫に新書、雑誌に規格があって揃えられているのはわかるのだけれど、何故、単行本までもが、規格型なのか。流通と在庫管理のために本という主体が遠慮するのはおかしくないか?と、思うようになって久しい。海の外の国へ行くと、その国の言葉がわかろうとわかるまいと、必ず立ち寄るのが本屋さん。そんな時に感じるのは、本を眺めるだけでも楽しいということ。特にエッセイ、小説、そして、詩集は、形、紙質、書体全ての要素が一つのチームになって、その本のために内容を伝えようとしていて、自然に手が伸びてしまうのだ。そんな時に思うのは、本屋さんの中の雰囲気が仲良くなれそうな本を探す雰囲気づくりにも気を配っているな、ということ。
それを補うかのように、日本の本たちは、帯やらポップやらで自己主張させている。本屋さんの担当者のポップならまだしも、著名・有名人に書いてもらっている帯は、今となっては、皆が同じ手法で主張しているので、むしろ邪魔だ。その有名・著名人が気に入らない人だったりすると、その帯が付いている本を、レジに持って行くだけでも嫌なので、せっかく気になる本であっても購入回避をしてしまう。
その上、このところ帯を書いている有名と言えば、数名に限られ、これがまた、安易にしか物を考えていない編集・出版社の実態が丸見えになっているように思えてならない。
だからこそ、帯もポップも無しで、装丁で気を引いて欲しいのだ。著者がそこまでこだわって本作りをしていることもあるだろうし、担当編集者が、装丁家と心血を注いで最後の仕上げに取り組んでいることも多いだろう。その過程の結果をもっと大切にして活かして欲しいのだ。



posted by みほこ at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとり言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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