2005年08月01日

学校がなくなる

フィンランドでは、子どもの出生率が少しずつ上向きになっているといわれています。
少なくともフィンランド統計局の推計によれば、2040年まで0歳〜14歳までの子どもが占める割合は、全人口の16〜15%で推移するとされています。一方、65歳以上の高齢者の割合は、あと15年ほどで20%を突破。2040年までに27%になると計算されています。

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ブルーベリーの季節が終わったら、次はこれ。
真っ赤に熟すのを待ってから摘むリンゴンベリー。
まだまだ、こんな青い(緑)色です。


そんなフィンランドですが、人口はどうしても大都会に集中し、過疎化した村では、子どもがいなくなり学校も閉鎖されているところも多いようです。逆に、大きな町では新しく保育所ができたり、学校も開設されたりという動きがあるようで、これは日本と全く同じ現象ですね。
そんな、フィンランドの小さな村の小学校が80年の歴史を閉じ、卒業生や教師たちが集まったのだそうです。そんなお祝いのパーティが開かれた翌日の元学校にお邪魔しました。
既に学校は数年前に廃校。今は、村のカルチャーセンターになっているとのこと。ただ、学校で使われていた机、椅子、ミシン、学習教材など、一切処分されることなくそのまま残されていました。小さな学校なので当然のことながら複合学級。3学年が一緒に勉強していたそうです。フィンランドは冬、寒い国ゆえ、教室に体育館の設備もありました。

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卓球台とか、体育館の片隅にあった「ぶら下がり用の棒」
(なんと言う名称でしたっけ?)が見えますか。


ミシンはもちろん、足踏み式のシンガーミシン。
そして、私が驚いたのは、学習教材の絵。社会科や理科で使ったと思われる、現代ならパワーポイントで部屋を暗くして見たであろう絵が残っていたこと。写真の絵(一番下を見てください)。後方に薄く富士山が描かれていて「日本の様子」を勉強したときに使った模様。もちろん、中国も、ヨーロッパ各国の様子の絵もありました。


この学校の場合は、村のカルチャーセンターとして第2の人生を歩んでいます。今までに第2の人生を歩み始めた学校の校舎は、数箇所訪ねたことがありますが、いずれも住居となっておりました。学校が住居にするというのは、実はなかなか大変なことに見えます。住むという環境を整えるまでに。

あるところでは、食堂等が別棟なので、そこを改造して住居とし、校舎の方はセラピストの養成所として使用。泊り込みの研修をできるようにしていました。
また、最近たずねた別のところでは、陶芸作家が買い取っており、住居兼アトリエ兼ショップに。そこの場合は、若い芸術家たちが作品作りにやってきて、出来上がった作品の販売も請け負っておりました。
とにかく元が学校ですから、大きな食堂設備があること、旧校庭は、駐車場やお庭にできることなど、便利な点が多いようです。もちろん、広いスペースなので、お手入れもたいへんそうですけど。

いずれの学校も、ホントにホントに田舎にありますので、建物は木造でこじんまりしています。しかも、轍をたどっていかなければならないような細い道の向こうにとつじょ学校が現れるという感じ。トイレは確かどこも汲取り式だったように記憶しています。ここでご紹介している学校の場合も、トイレは外。
そして、昔の田舎の学校は、校長先生か用務員さんのような家族が学校の敷地内に住んでいたようで、住居用の建物もちゃんと出来上がっている場合もあるようです。これ、きっと日本でも同じですよね。今、学校に用務員さんが寝泊りしているなどということ、ないでしょうけど・・・夜中の見回りもなくなって、きっと、みなさんセ○ムさんにお世話になっていますよね。

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旧式!パワーポイント
posted by みほこ at 22:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 夏休み2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フィンランドで日本や動きを推移した?


Posted by BlogPetの「HONZA」 at 2005年08月02日 10:11
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