2005年08月06日

広島の原爆忌にタンペレで

8月5日付の地元紙と8月6日付のヘルシンギン・サノマット各紙で、
広島の原爆忌から今年がちょうど60年であることとともに、
当時のこと、被爆者の現在、そして、アメリカのコメントなどが
ほぼ1面全体を使って紹介されていました。
良いとか悪いとかいうことではなく、
忘れてはならない歴史の重要な出来事の一つとして、
再び起こってはならないことの一つとしての扱いではなかったかと思います。そんな、8月6日の今日。タンペレにいました。

タンペレという町は、「ムーミン谷博物館」がある町として
とても有名ですので、フィンランドを訪れる日本人の方で、
時間にゆとりのある方は、足を延ばして訪れたことがあるという方も多いはず。

タンペレは、NäsinjärviとPyhäjärviの二つの大きな湖にはさまれたような土地に発展したフィンランド最初の工業の町です。
蒸気機関車とか、武器などが作られていた時代も長かったとか。
そのほかは、麻と羊毛の町としても有名。
素材が豊かなので、手工芸もかなり発達しています。

イギリスの産業革命から数年遅れるだけで、かなりの大きな規模で工業が発達したのは、
二つの湖の高低差(18メートル)を利用して3つの小さな滝を作り、
水力発電で電力が得られたからなのだそうです。

その三つの小さな滝が作る流れが川となってタンペレの町を流れていますが、
町の中心地にある橋のたもとで22時から精霊(灯篭)流しがあるとの告知が出ていました。

残念ながら、その時間帯までタンペレに残れませんでしたので、
実際がどんな雰囲気のイベントだったのかご報告できませんが、
日本にとって、ほぼ地球の反対側にあるフィンランドでも
広島・長崎に関心のある人がいるということは、
すごいことだなと思って、ちょっと驚きました。

もちろん、ラジオもテレビも、夜の一番しっかりしたニュースで、
しかも、「世界陸上開幕」の話題よりも先(!!)に、
広島の今日の映像を含めて報道されました。

Hameensilta.jpg
灯篭が流される橋のたもとの反対側にあるレストラン。
日中は、こんな風に実にのどかな雰囲気でした。
posted by みほこ at 23:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 夏休み2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Terve!
早速広島の話題がそちらの新聞に
出ていたのですね。
実はヘルシンギンサノマット紙の
ジャーナリストが広島に取材入りしているようで、
フィンランドでどのように報道されるのか私自身も
興味を持っていたところです。
それにしても相変わらずアクティヴに
動き回っていらっしゃるようですね。
日本は相当蒸し暑いので覚悟して
帰国なさいませ。
本日はこれからみほこさんと行けなかった
例のカフェに偵察に行って参りますよ。
ではまた〜
Posted by Miia at 2005年08月07日 10:39
上記のコメント一部訂正。
広島入りしているのは某国営放送局の
ジャーナリストでした。
おわかりですね。
Posted by Miia at 2005年08月07日 10:40
8/6のことが、フィンランドで、
そんなにしっかりと報道されているとは。
かなり驚きました。
でも、スウェーデンとロシアに挟まれて、
長いあいだ被支配国だった、この国の歴史が、
そのようにさせるのかもしれませんね。
Posted by はるみ at 2005年08月08日 20:50
Miiaさま
カフェ、いかがでしたか!?

はるみ さま
ヨーロッパの中で
フィンランドが特別なのかどうかは
ちょっと不明。
でも、この国は、よその国のことも
本当に満遍なく報じる国だと思っています。
Posted by みほこ at 2005年08月09日 01:00
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